2.1.ⅵ.おわりに

本稿では、主にOECDのPISAとDeSeCoの歴史を学ぶことで、日本人が広い意味で幸福となり、その結果として日本という国が今後よりよく発展するためのコンピテンシーとリテラシーについて考察してきた。特にコンピテンシーにおいては、心を満たすものであり、広い意味で人を幸福にする資質であるものと定義した。物質・経済的範疇にとどまらず「心を満たし」「安心して」「豊かに生きる」能力こそ21世紀の我々が求めるものであり、思い起こしてみれば「21世紀の科学技術リテラシー像プロジェクト」(以下、科学技術の智プロジェクト)の副題が「豊かに生きるための智」であったのは、リテラシーとコンピテンシーの深い関わりを示しているものとしても捉えられるだろう。実際、「科学技術の智プロジェクト」の「人間科学・社会科学」では、「理性ある自由が保障される民主的な社会」のためには「自分の考えを論理的に説明し説得すること、他人の考えを論理的に読み取り理解すること」などの重要性を述べている。また既に述べたようにDeSeCoでは「異質な人から構成される集団と関わり合う」能力が、成功者となるためのコンピテンシーのひとつであると主張していた。グローバル社会において、日本人だけでなく多様な人と関わり合えるためには、地球(場合によっては宇宙空間)どこでも共有できる道具(言語や原理)でコミュニケーションする必要がある。誰がどこで検証しても再現される科学的証拠は普遍的なものであるので、「道具」として必要な性質を兼ね備えている。すなわち、科学リテラシーは、まさにその「道具」そのものであるといえる。「心を満たし」「安心できる」ためには、科学的証拠を採用してコミュニケーションできる能力がとても大切であり、そのためにも「科学リテラシー」と、それを活用できる「コンピテンシー」を時代に合わせて定義し、教育に組み込んでいくことが求められる(本報告書第2章4「日本の戦後教育の変遷と課題」も参照のこと)。

なお本稿では、科学的証拠が含む不確実性(本報告書第2章3「生活リスクとリスクリテラシー」参照)については述べなかったが、「科学リテラシー」そのものが「心を満たし」「安心できる」類のものではないことに注意すべきである。一般に、不確定・不確実な事柄は不安につながりやすく、科学はそれ自体が不確実性を内包しつつ発展していくものであるために、「分からない」ことを含んでいる。この問題に対峙するためには、スルメを噛み締めるように「わからないことがある幸せ」を味わう態度も求められるだろう。「幸」が「獲物」をとる「道具」を意味していたように、「科学リテラシー」が「心を満たす」状態を獲得する「道具」となることを、最後に確認したい。

 


 

参考文献

浦川邦夫(2011)『幸福度研究の現状-将来不安への処方箋-』日本労働研究雑誌612、pp.4-15 

加藤恭子(2011)『日米におけるコンピテンシー概念の生成と混乱』日本大学 産学経営報告書34-2号

谷内篤博(2001))『新しい能力主義としてのコンピテンシーモデルの妥当性と信頼性』経営論集第11巻第1号、pp.49-62 

ベネッセ教育総合研究所『クレームとエピソードを通じて伝承される接客の精神』BERD No.09、pp.33-35

松本佳代(2011)『<新しい能力>による教育の変容』日本労働雑誌 614、pp.39-49

DAVID C. McCLELLAND (1973). Testing for Competence Rather Than for “Intelligence”.

PISA (2002). Contributions to the Second DeSeCo Symposium.

SFSO, OECD, ESSI, (1999). Definition and Selection of Competencies, Projects on Competencies in the OECD Context, Analysis of Theoretical and Conceptual Foundations.

SFSO (1999). Concepts of Competence, DeSeCo Expert Report.

DeSeCo (2000). A Contribution of the OECD Program Definition and Selection of Competencies: Theoretical and Conceptual Foundations.

http://www.deseco.admin.ch/bfs/deseco/en/index/02.html

DeSeCo (2005). THE DEFINITION AND SELECTION OF KEY COMPETENCIES, Executive Summary.

PISA (2009). PISA2009 Assessment Framework Key competencies in reading, mathematics and science.

PISA (2012).PISA2012 Results in Focus.

http://www.oecd.org/pisa/keyfindings/pisa-2012-results-overview.pdf