2.3.ⅲ.生活リスクリテラシーと科学リテラシーとの関係

ここまでに、リスクの様相、認知、対処の3つの局面において生活リスクリテラシーの内容を整理してきた。続く本項では、科学リテラシーと生活リスクリテラシーとの関係性を検討する。

ⅲ-1.リスク情報の処理と科学リテラシー

現代生活のリスクを扱うためには科学リテラシーは不可欠となる。このことは、例えばリスク情報を処理する過程について考えてみても分かる。

わたしたちをとりまく自然環境と社会環境からは、メディアを通してさまざまなリスクに関する情報(リスク情報)が個人に到達する。リスク情報は、発信者としての他者の有無と加工のレベルにより、一次情報、二次情報、三次情報の別がある。一次情報については、情報発信者としての明確な他者はいない。個人がおもに自らの五官を受容器としてリスク情報を受信する。刺激臭を感じる、地盤の揺れを感じるといった知覚・体感などがこれに該当する。いっぽう二次情報には、情報発信者としての明確な他者がいる。一次情報をもとに、おもに専門家による分析と評価が加えられ、直接的なリスクメッセージが作成・発信される。国や地方自治体、各種研究機関などによる状況報告や警報などがこれにあたる。そして三次情報についても、情報発信者としての明確な他者がいる。一次・二次情報をもとに独自の解釈と情報の付加が行われ、リスクメッセージが作成・発信される。テレビや新聞などのマスメディア、またクチコミなどのパーソナルメディアを介して伝えられる報道・解説・語りなどが該当する。

これらのリスク情報を自らの生活のなかでのリスク管理に活かすためには、それぞれの情報のもつ意味と真偽を見極める能力(リテラシー)が必要となる。急な引き潮はなぜ起こるのか、次に何が起こるのか。ベクレルとは何を表す単位か、シーベルトとどう違うのか。生涯死亡リスクとは何か、それは年間死亡リスクとどう違い、どう計算できるのか、遺伝子組み換え食品の危険性についてA紙とB紙とでは見解が違うが、それにはどのような背景や要因が関わっているのか。このような、文法的な読み書き能力だけでなく、数学や統計についての能力、現象についての意味理解能力、メディアを通じて発信される情報を批判的に吟味する能力といったリテラシーがそれである。

ⅲ-2.生活リスクリテラシーの構造

ここで、科学リテラシーとリスクリテラシーとの関係性について言及した楠見の見解を紹介しよう(楠見, 2013)。楠見は、「科学リテラシーは、科学的知識と批判的思考に基づいて、自然界と科学技術を理解し、証拠に基づいて結論を導く能力である」としている。さらに、リテラシーの階層構造として図2-3-2を示し、そのなかで市民リテラシー(civic literacy)を「市民生活に必要な情報を読み取り、適切な行動をするためのコミュニケーション能力」と定義している。市民リテラシーは、「第一階層の機能的リテラシーを土台に、第二階層の科学リテラシーやメディアリテラシーなどを加え、第三階層の市民生活に関わる多くの分野の知識に支えられたマルチリテラシーである」とする。

リスクリテラシーは、市民リテラシーのひとつの局面として位置づけられている。リスクリテラシーは(a)リスクに関わる情報をマスメディアなどから獲得し理解する能力、(b)リスクの低減に関わる政策や対処行動の理解、(c)リスクに関わる意思決定や行動、から構成されており、これを支えるリテラシーとしてメディアリテラシー、科学リテラシー、統計(数学)リテラシーがあると示している(図2-3-3)。

図2-3-2 リテラシーの階層構造(楠見2013)

図2-3-3リスクリテラシーを支えるメディア、科学、統計リテラシー(楠見2013) 

以上の楠見の整理は示唆に富む。すなわち、リスクリテラシーが市民生活を送るうえで必要な能力である(楠見はまた、「リスクリテラシーは、市民リテラシーとしては、メディアリテラシー、経済リテラシー、健康リテラシーなどに比べると、社会の変化によって必要とされるようになった現代的なリテラシーである」とも述べている)こと、およびリスクリテラシーをさらに支えるリテラシーとしてメディア、科学、統計のリテラシーが位置付いているとの見解について、ここでは次のように援用できよう(図2-3-4)。

現代社会にいきる国民(生活者)に備えて欲しいリスクリテラシー(生活リスクリテラシー)とは、①リスクの様相について理解する能力(リスクの本質が不確実性にあることを含めて)、②リスクの認知について理解する能力(客観リスクと主観リスクは必ずしも一致しないことを含めて)、③リスク対処について理解し実践する能力(客観リスクへの作用としてのリスクマネジメント、客観リスクと主観リスクの差への作用としてのリスクコミュニケーションを含めて)から構成される。さらにこれを支えるリテラシーとして、メディアリテラシー、科学リテラシー、統計(数学)リテラシーが位置付いている。また、リスク対処としての人間活動にリスクコミュニケーションが包含されることから、生活リスクリテラシーを支えるリテラシーとして、コミュニケーションに関する能力が必要となってくると考えられる。科学リテラシーとの関係性を含め、生活リスクリテラシーの構造については引き続き検討を行いたい。

図2-3-4 生活リスクリテラシーとこれを支えるリテラシー