3.1.ⅳ.科学技術リテラシーの保持は個人の「権利」か「義務」か

総合報告書冒頭で見られる「…すべての日本人が身に付けてほしい…」(p. i)、「…すべての大人が2030年の時点で身に付けておいてほしい…」(p. 1)という表現は、希望・期待であり、介入の意図の示し方としては非常に曖昧なものであると言えよう。しかし、その他の部分には、よりはっきりと科学技術リテラシー保持の義務化を推した表現が多く見受けられる。例として、「…いかなる智慧が共有されていなければならないか…」(p. i)、「…科学技術の智を共有することが全ての人々に求められている。」(p. 1)、「現代社会で求められているのは…科学技術の素養を持ちつつ、みずからと社会全体の豊かさを追求していける個人なのである。」(p. 5)などが挙げられる。そして、このように義務についての表現が散見される一方で、科学技術リテラシーの保有をあくまで個人の権利であり、義務化されるべきものでないとするような表現は殆ど見られない。つまり、「科学技術の智プロジェクト」としては、科学技術リテラシーを身につけることを個人の権利としてというよりはむしろ、義務として捉えていると言える。

このような、個人に対する科学技術リテラシー保持の義務の強調は、国策としての科学コミュニケーション振興と共通する部分があるように思われる。政府が主導する科学技術コミュニケーション振興は、政策の観点からは「科学技術(創造)立国」に向けた取組みという大きな枠組みの中で行われているが、その達成のために以下の様な側面が複合的に推進されてきている(科学技術・学術審議会総合政策特別委員会,2014)。

  • 科学技術系人材養成(のための理解・興味・関心の増進)
  • 科学技術の社会的受容(のための理解・興味・関心の増進)
  • 科学技術と社会の関係性の向上(環境問題などの社会問題に対する取組みや、先進科学技術のガバナンス)
  • 知識経済・知識基盤社会に対応した社会の創造(科学と社会との協働による知識生産、イノベーション)

これらのうち、特に「科学技術と社会の関係性の向上」や、「知識経済・知識基盤社会に対応した社会の創造」といった点についてはすでに3.1.2でみたように、科学技術が人々の生活の隅々まで浸透しているということを理由に、全ての人々が科学技術について考え判断する能力を身につけることが期待され、また、そのような能力を積極的に活用することによって公共圏における科学技術のコントロール・政策決定・知識生産に能動的に関わっていく「市民」としての役割が期待されている。

「科学技術の智プロジェクト」においても、個人が科学技術リテラシー保持することを義務化する根拠として、同様の事項が挙げられている。すなわち、より生産的な知識基盤社会やより理想的な民主主義社会の実現のためには、科学技術(やその他の領域の)リテラシーを保持した成熟した市民が必要であるという論理である。

しかし、そのような理想的な社会の実現や、そのために必要な理想的な「市民」を作るための手段として、科学技術リテラシーの保持を社会の構成員に対して義務化することには注意が必要であろう。科学技術リテラシーや公共性を高い水準で保持する「成熟した市民」が社会の大きな問題(「科学技術の智プロジェクト」総合報告書で触れられているような環境問題など)の解決に貢献することはある程度まで期待できる一方で、そのような「市民レベル判定」は、科学技術リテラシーを持たないと判断されてしまった人々を社会問題の解決への関与から遠ざけてしまうことにつながりかねない(c.f. Irwin, 2001)。市民参画への個人の資質の重要性を過度に強調することは、社会・政治として責任を持って達成すべき民主主義的意思決定制度の実現を、個人が科学技術リテラシーを保持するという義務を履行する責任の問題に矮小化してしまう危険性と隣り合わせである。

また、ある行為について個人に対して義務・責任を課す際には、その個人がそのような行為を行う為の権利の保障や、権限・裁量を拡大することに対する配慮も同時に行わなければならないだろう。すなわち、科学技術リテラシー涵養推進の前提として、人々がより積極的に政治の場や政策形成過程に対して参加することを社会の構成員としての義務であると捉えるなら、そのような参加を実現する場が社会の中に開かれた形で用意されている必要がある(c.f. Smith, 2009)。また、政治的意思決定の制度についても同様に、そのような参加の場で生じた個人の判断・意思決定を、政策形成や行政に活用していくために改変していくことが求められるだろう。現在の日本における主要な政治参加の制度である選挙における投票率の低さや、それを補完するための公式な仕組みであるパブリックコメント制度の活用度の低さが、市民の政治参加行動が政治・政策形成に及ぼす影響力が極めて限定的であることから生じる無力感とも関連していることが示唆されている(原田, 2011)。特に、科学技術の智総合報告書で言及されているような「現代の地球規模の環境危機ならびに人口構成の危機的状況」(p. 1)への対応策を講じる上では、国政・地方行政レベルで産業、国土開発、エネルギー、食料生産といった領域で適切な施策が行われている必要がある。個人がその生活の中で科学技術に関わる判断・意思決定を適切な量・内容の知識に基づいて行うことは、そのような施策が効果的に機能するための重要な要素かもしれないが、まずは国策としての対応方策の決定に対して個人が投票行動やパブリックコメント制度を通じて関与できる体制を整えることも同様に、もしくはそれ以上に重要なことである。