3.1.ⅴ.「個人」ではなく「社会」として保持する科学技術リテラシー

ここまで検討してきたように、「科学技術の智プロジェクト」においては、あくまで「個人」に対する要件として科学技術リテラシーについての意義付けを行い、その涵養活動を推奨してきた。しかし、科学技術リテラシーの涵養の目的が科学技術についての民主主義的意思決定のための市民参画の促進であったり、科学技術についての個人レベルでの判断を行うための基盤形成であることを考えると、科学技術リテラシーを涵養する対象は必ずしも個人だけに限定されない。なぜなら、科学技術についての民主主義的意思決定や個人的判断が行われる状況の多様さを考えると、個人があらゆる状況に対応することを可能とする科学技術リテラシーを保持することは現実的ではないと考えられるからである。これに関して、小川正賢は次のような対応の方向性を提案している。

…現実社会は、多様なリテラシー・レベルの市民(非均質な市民)から構成される社会なのであるというところから、市民の意思決定のありようを考える必要が出てくると思われる。社会をこのようにみれば、一人ひとりの自己責任で意思決定するのではなく、適切な質と量のリテラシーを適切なタイミングで提供することで、社会が個々人の意思決定を支援するような仕組みを持つことが、市民の社会参加、社会的意思決定への参加を促すことになるのかもしれない。(小川, 2007, p. 102)

ここで述べられているような「適切な質と量のリテラシーを適切なタイミングで提供することで、社会が個々人の意思決定を支援するような仕組み」を社会に充実させていくこととは、既存の科学技術リテラシー涵養活動においては、科学技術についての情報を収集したり学んだりすることのできる文化・教育施設の拡充がそれに相当するだろう。しかし、そのような施設の拡充の先にある達成目標としては、今のところ、科学技術についての知識・考え方を「個人」がどれだけ吸収・会得できるかといった部分にばかり目が行きがちなのではないだろうか。上で小川が提案するような、科学技術についての情報を必要とする人々に対して個人的文脈の多様性に配慮したサポートを行う形で情報提供を行えるように、文化・教育施設の機能拡大を行っていくことも求められるだろう。すなわち、文化・教育施設を単に個人レベルでの科学技術リテラシーの向上のツールとして捉えるだけではなく、個人では習得しきれない科学技術リテラシーについて社会やコミュニティが支援する際のチャネルとして活用することも望まれる。